2012年04月04日

【長文注意】方言。同族萌え。自分本位。

最近いろいろ考えていたことがつながってきたので、メモ書き程度に。


方言や訛りは「しゃべり」を仕事にする人間にとって、いわば諸刃の剣と言える。
その地方の人間でない者にとっては理解できない言語になってしまうが故、
誰にでもわかる言葉として、いわゆる「標準語」を学ばなければならない。
しかし、いちど標準語を身につけてから改めて方言を遣えるようであれば、これは大きな武器になる。
端的に言えば「その地方の人間」を味方につけることが出来る。
また、昨今の傾向としてみられる「方言ブーム」も追い風になってくれるだろう。
方言には、その土地で培われた歴史や文化、人々の思いが込められている。
おいそれと捨てることは出来ないし、する必要もない。

さりとて、最初に書いた通り「しゃべり」を仕事にするとなれば、
一度は方言を手放し、標準語をきちんと身につけなければならない。
無論可能であれば両方を並行して習得することも構わないが、
人間なかなかそう器用なことはできないので、いっそ一度離れてしまった方がやりやすい。

この時、実は「標準語」を身につけやすい人と身につけにくい人がいる。
様々な諸先輩方の意見を伺ってきたが、やはりこの傾向は変わらないらしい。
それは「大きな差異がある方が直しやすい」ということ。
たとえば北海道や九州、東北などの言葉を遣う人は
「違いがはっきりわかる」から、最初は戸惑うが上達は早い。
逆に栃木や埼玉、千葉や神奈川と言った関東近郊は直しにくい傾向にある。
「明確な違いが分かりにくい」だけに、中途半端に直りにくい。
その為地方出身者の方が却ってアクセントや発生がしっかりしていることは、ままあることである。



「近いからわからない」「近すぎる為に見えない」ということは、人間関係においても同じことが言える。

「同族嫌悪」という言葉がある。
自分と同じところがあるから、あるいは自分と似たところがあるからこそその人間を嫌いになるということ。
これはまさに「自分と言う存在」に近すぎる為に、
本来その相手に対して抱くべき良い面や悪い面への判断がつかなくなっている状態であろう。
最近、みえちさんから「同族萌え」という言葉を聞いた。
「自分と言う存在」に近すぎる為に、シンクロニシティを感じてときめいてしまう状態のことだそうだ。
なるほど、感情が揺れ動くという意味で言えばこの方向に動くこともあるだろう。

時としてこれは恋愛感情に近づくこともあるが、得てしてうまくいかない場合が多い。
私が考えられる理由は2つ。
1つは「結局相手を完全に理解することは出来ない」ということに絶望してしまうから。
残念ながら、まったく同じ人間はいない。完全に相手と一致することは出来ない。
最初シンパシーを感じすぎてしまっている分、その壁にぶち当たり諦めてしまう、と言うことがひとつ。
もう1つは「相手の考えが理解でき過ぎてしまう」から。
人は自分自身の中に、大なり小なり不可侵領域を抱えている。
それがあるために理解を得られず苦しむこともあるし、それがあるからこそ生きていけるとも言える。
不用意にそこに入られることは、自分自身が侵食されるかのような恐怖感がある。
相談相手や家族ならともかく、恋人やパートナーとしてそれは残念ながらあまりにも大きすぎるのだ。
相手に受け止めてもらうことと、相手に呑まれることは違う。
相手を受け止めることと、相手に入り込んでいくことは違う。



こんな風になる最大の原因は、もっとも見えないものが「自分」だからだろう。

私がよく遣うたとえに「自分と握手することは出来ない」と言う言葉がある。
自分自身をマッサージすることは難しいし、鏡で見る自分は真反対である。
だからこそ、人からの意見は大事にした方がいいし、新しい考えは積極的に吸収したほうがよい。
そうすることによって、自分自身が何者であるかを浮き上がらせることが容易になるからだ。

だが、それを必要以上に拒む人もいる。

「それは相手の考えであって、自分ではない」
「他の人の意見ばかり聞いていては自分のやりたいことは出来ない」
「自分のやりたいようにやるべきだ」

何も間違っているとは思わない。
しかし、私はそうした人たちをこう考える。
自分自身を見つめることから、逃げていると。

自分が何をしたいか、自分が何をすべきか。
それは本来自分で探すべきことなのだろう。
だが情報化社会の現代、はたしてそれは本当に自分で選びとったものなのだろうか。
結局のところ、ただ自らの快・不快の感情に流され、
その場限りの情熱をもってして「自分のやりたいように」やっているのではないだろうか。



自分のやりたいようにやるとはどういうことだろう。

最近の私のキーワードは「自分本位」である。
一見すると、ただやりたいようにやるかのような言葉に思える。
だが、そもそも「自分」の「本位」がどこにあるのか、
きちんと分かっている人間がどのくらいいるのか、私には甚だ疑問である。

それが自分がやりたいことかどうか、判断する為の基準をどこに求めるのか?
何かを選択する時、もっとも後悔しないで続けられる選択をするためにはどうしたら良いのか?
誰かや何かに責任をなすりつけず、自分自身ですべてを受け止めて前に進む為にはどうすべきなのか?


その答えをひも解くには、その人の人生を振り返る必要がある。
その人が生きてきた道の中に、必ず答えは落ちている。

だが、落とした答えを見つけるにはどうしたらいいのだろう?
成長し、背が伸びた自分に、足元の答えを見つけることは難しい。
だからそんな時は、誰かに頼ってみたらいい。
貴方が持ちえない目線で、気づかなかった場所を探してくれる。
新しく手に入れた道具を使うのも悪くない。
手が届かなかった場所や、観たこともない景色を見せてくれる。


そんな誰かや、あるいは道具は、
時としてあなたにとって不都合でしかないこともあるだろう。
足かせになってしまったり、あるいは邪魔をしてきたり、
それは好意であれ敵意であれ、あなたにとって不愉快なことにであろう。
でも、それでも。
あなたが本当にやりたいことに近付けるなら、
そのくらいは必要なことと割り切ってしまえるのではないだろうか?



「自分本位」であることは、自分を晒すことにつながる。
傷つき、苦しみ、歩みを止めたくなることになるかもしれない。
誰かのせいにしたくなるだろうし、何かのせいにしたくなるだろう。

でも、それはあなたが選びとった道だ。

嫌ならば、もう一度自分自身に聞いてほしい。
「自分がやりたいことはなんだったのか?」
それを見極め、「自分本位」で生きることが出来れば、
傷つくことなんか構っていられない。誰かのせいになんかしていられない。
自分の為に生きる。

「自分本位」に生きましょう。



わかる人にだけわかるネタで締めてみました。(笑)
よし、ついでに次の日記でこれにつながる詩もあげてみようヽ( ´▽`)ノ
posted by きのした@なぎさ at 03:21| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月29日

【ニュースより】知りあいに地方も国家もいるからだけど。

公務員給与は確かに削減対象とすべきかもしれないが、
あまり削減しすぎると有能な人材が集まらなくなるだろうし。

特に国家公務員なんて、とてつもない勉強をしてきて、
とてつもない倍率を勝ち上がったエリートさんなわけで、
まあそれを勘違いしている輩もいるだろうけど、
少なくとも私の知り合いはそうではなくて、きちんと国のことを考えてくれている。

一概には言えないし、バランスが難しいところだろうな、と思う。

議員定数削減が叫ばれているけど、
そろそろベテラン議員は活動実績に応じた出来高払いにしてほしい。
基準を設けるのが難しいだろうし、ベテラン議員に有利になりがちだろうが。

新人議員が動きたくてもお金が足りない現状を鑑みると、
その辺りのバランスも取り始めるべきじゃないだろうか?


昔からそうなのだが、
この国はバランスを取る人が少ないように思えて仕方がない。
正しいバランス、なんて分からないけども、
互いの調和を図ろうとするだけで、案外もう少しはよくなるんじゃないだろうか?


国家公務員 給与削減法が成立
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20120229k0000e010138000c.html
posted by きのした@なぎさ at 12:57| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月21日

続きはWebで、の続き。

年を重ねるにつれて、分かることが増えていく。

大人になってもダメな人はダメだし、
淋しがりはそのままだし、つまらないことに怒ってしまうし。
そんな自分を受け止めて前へ進もうとするのが大人なんだろう。

そして、

他の人のそんなところを受け入れてあげられるのは、
おとなと言うか、かっこいいと思う。

相手の依存したところと言うのは、うざったらしいし、嫌な気持ちになるかもしれない。

でも、それを正してあげられるのは、実は頼られている当人にしかできない。

なぜなら、相手は間違いなく自分を見ているから。

じゃあ、それを指摘するのがおとななのか?

それが必要な時もあるとは思う。
でも、世の中いつもそうとは限らない。
時として、直接は言わない方法を取ることが必要な場合もある。
時として、きちんと相手に言わないとわからないこともある。

その判断をするために必要なことは、そんな相手を受け入れてみること。
自分にもそんな部分があるんだとわかっている人は、それができる。

まあ、いつも出来るとは限らないけど。

私は、いつも出来るわけではない。
でも、それが出来た時は、なんとなく、気持ちがいい。

優しくするだけでなく、厳しくするだけでなく。
相手を受け入れ、何がいいのかを考えること。
それが、人と人とのつながりを育てる。

と、信じてる。

自分を受け入れることすらままならない自分だけど、
せめて、ほんの少しだけでも、
誰かを受け入れられる、そんな自分でありたいと思う。
posted by きのした@なぎさ at 00:09| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月09日

後から見返して思いだせるように。

見えないものが見えてきました。いえ、オカルト的な意味じゃなくて。きのしたです。

ここ数日、あがきもがいている様をお見せして、誠にお見苦しいものをお見せしました。申し訳ないです。そんな時もあると仰っていただけることを期待して書いている自分がいることがなおのこともう(笑)

さ、あまり書きすぎるとますますもって中二病臭くなりますので、このへんにして。

さらに中二病臭いことを書いてみます、ついてこられるかな(゜▽、゜)

まあ、もがいていても次の日はやってくるわけでして、それでも答えは見つからず、相変わらず苦しかったりするわけですよこれが。

で、そもそも自分は何がしたいのだろうと。そればかり考えていたわけです。ところがこれがみつからない。

そこで逆に考えてみました。
つまり、自分は何が「したくない」のか。
仕事だからとかいろいろなしがらみをとりあえず横においておいて、自分勝手な都合だけで考えてみることにしました。わがままな気持ちもそのままに書いてみます。なので「そうは言っても仕事だから……」とか「そんな自己都合は通らない」と思っても、スルーしてください。

それは、23年間私がずっと自分に課してきたことですから(笑)

今の仕事はコールセンターで、言ってみれば「喋りの仕事」に変わりはないわけです。でも、そこにいる自分は相変わらず苦しんでいるばかり。

つまり、このコールセンターの仕事は「したくない」わけです。

自分が好きな「喋り」なのに「したくない」。
なんだか矛盾しています。でも、現実そうなわけで。
つまり自分には「喋り」たくないことがあると、改めて気付いたわけです。

じゃあ自分はどんなことが「喋り」たいのか?

ここで自分自身を探ってみると「クイズ」が好きだということが大きな割合を占めています。

そもそもにして「クイズ」が好きな私は、いわゆる「知的好奇心」が旺盛。知らない世界を知ってみたい、今知らないだけで興味のない世界はないと言ってもほぼ等しい。
そりゃ、ぐっちゃぐちゃの泥沼愛憎劇とか、知りたくないこともあるにはあるんですけどね。でも、あえてそういう「キタナイ」ものも知ってみたい。そんな好奇心もあります。

そうして「知る」ということに対して、私は常に貪欲でした。だからこそ、学校の授業もある程度のレベルを常に維持できたわけですが……それを受験などの道具に使うのは苦手だったようです(笑)

ここまででわかることは、私が「喋り」たいのは様々な世界の人たち(あるいはそれらがわかる媒体、本やテレビやラジオなど)と、様々な事柄についてであり、それを「知る」ことについて歓びを感じているのだ……ということ。



でも、果たしてそれだけだったのか?



私は「クイズ」を通して多くの人に問題を出してきました。
それらは自分の知っている知識、調べた知識、面白いエピソード、あるいはシステムや人物などなど……自分が「知る」ことが出来たあらゆること。
その中には、雑学であったり、アニメであったり、心理学であったり、本当に雑多なものが入り混じっていました。

それらを誰かに「喋り」「伝える」ことによって、私は本当にうれしいと感じていました。


そう、自分が「喋り」「知る」ことが出来た何かを、今度は自分が「喋り」「伝える」。


もっと簡単にいえば、


「面白いことを聴いて、面白いことを誰かに伝えたい。」


これが自分のしたいこと。
だから、自分は「喋り」たくて仕方なかったんだなぁと、ようやく気付いたわけです。
こう言う気持ちは誰もが持っているのかもしれませんが、残念ながら私はこの気持ちが人より異常なまでに強いようです。

そりゃ、今のコールセンターの仕事は合わないわけだ(笑)
自分のしたいことの真反対のことを、しかも「喋り」の仕事としてやっているわけですから。

23年経って、ようやく自分の本当の気持ちに気づきました。
おっそいなぁ、でもこんなもんなのかなぁ(笑)


さあ、気づいたところで明日も同じ仕事が待っています。
それでも今までよりは少しばかり気が楽です、なにせ「したくない」理由がわかったわけですから。


さて、話はここで終わりません。
じゃあ私は今気付いたことを「仕事にしたい」のか?
「仕事にしたい」なら、それなりの覚悟が必要です。時間や労力を削るだけでなく、そこには明らかにやりたくないことだって混じってくる。
ただ、それ以上に自分が求めていた世界が開けてくるかもしれない。

ここで困ったことに、多少今の生活で満足している自分が見えてきます。

ネットクイズの知り合いは思った以上に面白い連中が多いですし、mixiやブログや、もちろんリアルの知り合いにも本当に様々な方がいて、様々な面白さを持っていらっしゃる。



ここに留まっているわけにもいかないが、ここで走り続けるようにすれば、案外自分が求めているものは手に入るんじゃないか?



でも、一方でこうも思います。



ここにいつまでもいられるわけがない。同じようなこと、それ以上のことを求めるならば、別の世界を切り開くべきではないか?



さあ困りました。どちらを求めるかは、自分次第。
でも、どちらを求めるべきかがわからない。
何を基準にすべきか、心を基準にしたくても心がわからない。

人のことは占えても、自分は占えない。
タロット占いの基本です。

23歳にもなって、こんなことを考えられるのは甘い環境にいるからなのかなぁとも思います。甘ったれてるなぁとも、思います。
こうして日記に書くことで、自分への問いかけとともに、他の人を頼ろうとしている自分もいて、とても嫌な気持になります。

でも、それも受け入れた方がいいのだろうか。
そのほうが、もっと上に行けるのか。今の場所にいられるのか。

いまさら考えたって遅いんですがね。
皆さんがこの日記を読んでいるということは、つまりそういう選択をしたということですから(笑)

いつになく長い日記になりました。そろそろ寝ないと本格的に明日がまずいです。数日すると良い睡眠を取るのにいいという味の素の「グリナ」が届きます。効くといいなぁ(゜▽、゜)

そんなこんなで、脳をフル回転させてハンゲ麻雀でひどいツモを魅せた今日の私は休もうと思います。でぃーど。せんせ、S.Kさん、ごめんなさい(゜▽、゜)

明日は小森まなみさんをひたすら聴いているような気がします。
それでは皆さん、おやすみなさいませ。
posted by きのした@なぎさ at 00:58| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月25日

【mixi日記より】日記の反応を見る限り、ですが。

「金がねえなら」首相が発言
http://mainichi.jp/select/today/news/20090825k0000m010022000c.html

意外と皆さん、マスコミの報道が「正しい」と思っているんだなと。

メディアリテラシーを語るなら、ネットの情報に限らずマスコミの「報道」を検証してみるところから始めないといけないと思うのですが、いかがでしょう。

と言って提示するのが二次資料で申し訳ないのですが。


「金ないのに……」テープ起こし
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20090824/tape

(一部抜粋)
だから、こらぁ、迂闊にはいえないところだと思うけれども、ある程度生活をしていく いけるというものがないと、やっぱり自信がない。
(中略)
生活をずっとしていくに当たって、相手の、男性から女性に対する、女性から男性に対する、両方だよ、両方がやっぱり尊敬の念が持てるか持てないかというのはすごく大きいと思うね。そいで稼ぎが全然なくて、尊敬の対象になるかというと、よほど、何かないとなかなか難しいんじゃないかという感じがするんで、稼げるようになった上で結婚した方がいいというのは俺も全くそう思う。
(抜粋ここまで)

実際の音声も聴いてみましたが、どうなんでしょうか。
私には、至極まっとうな意見に思えるのですが……金がないなら結婚するな、とは言ってないんじゃないかなぁ。



何かを嫌うには理由が必要ですが、その理由が正しいかどうかを考える必要性を感じていますか?

自分が何を好きで、何を嫌いで、なぜ好きで、なぜ嫌いなのか。

考えるということをやめ、行動するということを拒否し、そこにあるものでしか行動しなくなった時。

それは人ではなく、ただの「都合のいいモノ」に成り下がってしまっているのではないだろうか。
posted by きのした@なぎさ at 00:49| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月24日

愛だの恋だの。(mixi日記より持ち込み)

mixiニュースでは各出版社の記事が見られますが、「All About」というところは「ただの日記じゃねぇか」というコラムがたびたび見られるので、評判が悪いです。それを踏まえて。

またAll Aboutか(゜▽、゜)

という突っ込みはさておき、この2組を持ち出したことについては評価してもいいと思ったので、久々に引用して記事を書いてみます。

おそらくこれを読んで「自分たちとは違う」「結局男の浮気を認めろということか」という残念な記事が増えるんだろうなー、と思うわけです。こういう書き方をしたらそういう読み取りしかできなくなるのも当然なわけですが。かといって「こういう風になりましょう!」というつもりもさらさらなく。

多様な見方ができます。多様な考え方ができます。
ただ、愛だの恋だのにおいて幸せになろうと思うなら「受け入れ、伸びる」ことができるといいんじゃないかなと、私は思うのです。
人をただ受け入れるわけではなく、自分だけが頑張ろうというのでもなく、相手を知り、自分を知り、一日一歩ずつ進んでいくこと。

いい面ばかりじゃないけれど、悪い面ばかりでもないだろうし。
毎日よくなれるわけじゃないですが、悪くなるばかりということもないでしょうし。

心惹かれ、付き合おうと思った縁がそこに生じたのであれば、その縁に一つ身を投げてみようと思う気概が必要なのではないかな。

「この程度の意見か」とか「女を見下してる!」とか、そういう「怒り」
とか「蔑み」とか、そういう感情に囚われているうちは、そりゃあ幸せにはなれないだろうし。

「自分とは違う」と言って、自分の中にないものを拒否しているようでは、次の一歩を進むことはできないでしょうし。

目指すところが高いかではなく、自分や誰かを見下すのではなく、自分と、大切な人が、どうすれば一歩進めるか。

大切な人が、どこにいるのか。
何が自分に、大切なのか。

それはきっと、わからないなら、怖いなら、嫌で仕方ないなら。
わからないこと、怖いこと、嫌なことを、一度自分の中に入れてみることで、きっと「わかる」ようになるのかもしれません。

その方がたぶん、誰かと生きるのが、面白くなるんじゃないかな。



浮気で絆を深めるカップルの秘密
http://allabout.co.jp/relationship/womenlove/closeup/CU20080531A/
posted by きのした@なぎさ at 23:42| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月29日

人に伝える。人と繋がる。

ほぼ日刊イトイ新聞「おとなの小論文教室。」
Lesson445 書く歓び
http://www.1101.com/essay/2009-05-27.html

久しぶりに、心の底から沁み入る文章だったので、ご紹介したい。

以前から大好きな書き手として、何度かお話ししている山田ズーニーさん。心の底から伝わる、伝える、そして理解される文章を書くことについて教えてくださる方。

そして、今回のテーマは「書く歓び」。
喜びではない。歓びである。

誰かに分かってもらう。ただこれだけのことを、なぜ人は求めるのだろうか。
ただ自らだけが楽しいことを、それだけで満足できないのはなぜか。

こんな話を聞いたことがある。

「ミラーニューロン」というものを、ご存じだろうか。

生まれてからおよそ1年の間にだけ、急速に育つニューロン。
誰かが痛みを感じ、誰かが喜び、そういったものを、真似するニューロン。このニューロンがしっかり育った子供は、感受性豊かな子供になるという。

どうやって育てるのか。

難しいことはない。
子供に向かって、にっこり微笑んであげる。
ゆっくりと抱きしめてあげる。
五感を揺さぶって、しっかりと向き合ってあげる。これだけのこと。

今の時代、このニューロンが育っていないから、まともなコミュニケーションが取れず、会話することも、相手の言いたい事も読み取ることもできないのかもしれない。

周りの人から、家族から、愛を注がれたなら。
ただただ普通に生きてきた人なら、何も問題はないのだろうと思う。

相手の心を汲み取り、人とかかわる。


ならば。


自分のことは、本当に分かってもらえているのだろうか?

意識することなくコミュニケートをする中で、相手のことを考えて、自分のことを考えて。

本当に、自分はわかってもらえているのか。
相手のミラーニューロンは、光っているのか。
相手は、私のことを考えているのか。

私は、必要なのか。

いい加減で乱雑なコミュニケーションや、自分の伝えた言葉を無視した一方的な理解の中で、常に苦しみ続け、でもそれは表面化されない。ただただ、心は「理解されない」ということが理解できないことに揺り動かされ続ける。


そんな時に。たった一人でも。


心からの理解を得ることができた時に、人はどれだけの歓びを得られるのだろうか。

分かったつもりの言葉ではなく、伝えていない言葉をも汲み取ってくれる、そんな理解を。

私は、理解できているのだろうか。
私は、理解されているのだろうか。

言葉に生きる中で、言葉に殺されそうになりながら、それでも言葉と生きていくことを選んだ私にできること。

決して言葉を軽んじるまい。
一つ一つの言葉を丁寧に考え、理解しようと努力し、たとえできなくても。

私は、言葉と生きよう。
私は、誰かを理解しようと、努めつづけよう。


信じることにつかれても、信じ続けよう。

言葉が人を、救うことを。
言葉が私を、救うことを。
posted by きのした@なぎさ at 03:44| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月19日

日本人という枠組み。

専門学校しか出てない人間なので、学の浅さは勘弁していただける方のみお読みください。
あ、あと固い話は絶対お断りという方も、読まないほうが精神衛生上いいかもしれないです。
歴史関係に強い人も読まないでください。私の個人的な考えをまとめただけなので。

あくまで、知的好奇心をくすぐってみる、という試みにお付き合いいただければ幸いです。


まったく脈絡はないのですが、日本人という枠組みは改めてすごいんだなぁと。
2000年以上にわたって同一民族がず〜っと同じ国で暮らし続けているって言うのは、
意外と世界的には少ないらしいのです。
だいたいがいわゆる「列強における植民地ブーム」のために一度はいなくなっちゃったり、別の人が住んじゃったり。

お隣の中国は「4000年の歴史」とよく言われますが、土着の文化云々はともかく人種的にはそうでないみたいなんです。
漢民族だのモンゴル人だの満州民族だの、お互いに長いこと奪い合って最終的に今漢の人たちが多数派を占めて成り立っている。
わかりやすく言えば、日本は国内の戦争だのなんだのもあったけども、結局日本人ということに変わりはない。
アイヌの方々とか琉球王国はどうする、というところはあるんですけども。
ただ、そういう人たちって普通は臥薪嘗胆ではないですけども、反発して戦争起こしたり独立しようとしたりするらしいんです。
ヨーロッパの歴史を紐解くまでもなく、いまだに独立だの国家の威信だので戦争は起きているわけですから。
そう考えると、不思議なものでアイヌの方々や琉球の方々は、文化や歴史を残そうという動きはあっても、独立だ!とはならない。
元々が日本人的な感覚である「終わったら水に流す」という心が、残っちゃったのかもしれません。良いか悪いかはともかく。

分かりやすい喩えで言えば、一件のお家がありましたと。
そこには「日本」という名字の人が住んでいて、仲たがいなんかもしつつ親戚の人も来つつ、
自分の家族や親戚の中で家主を変えて、うまいこと2000年ほど住んでいましたよと。

はてさて世界を見てみれば、たとえば「中国」という名字のお宅はまったく別のところからやってきた人が、
「ここは俺の家だ!」と「中国」を名乗ってしまった。
別のところからやってきた人は、勝ったら元の家にいた人は出て行け!というタイプだったので、また別の人が家主になる。
そんなことを繰り返していくと、家とか家具とかはそのままだけど、元の家族とはちょっと違う人が住んでいる。

どうも、世界的にはこういう国が少なくないらしいのです。
ここ100年くらいで見れば日本みたいな国のほうが多いとは思うのですが、2000年という単位でみるとそうでないらしい。

2000年って一言で言えますけど、すごいことだと思うのです。
うるう年を考えないで計算すれば、およそ73万日。1週間を10万回と5千回くらい。果てしない物語です。
1週間をやりくりすることすら難しいのに、それをず〜っと、10万回と5千回くらい。それより長い間繰り返してきて。
それでいてずっと「日本人」でいたんです。他の人たちはどうも「○○人」で居続けられなかったことも多いらしいのに。

最近は国籍法改正の関係で、特に日本に思い入れがあるような「日本人」じゃない人も簡単に日本人になれそうになってしまい、なんとも不安な世の中ですが。

1週間を10万回と5千回以上繰り返してきた「日本」が、そう簡単にやられてたまるか。


そう思いながら、今晩お米をを炊きすぎたことを考えるのです。
弟がご飯食べてくるって。張り切っておかず作ろうと思ったけど、あさってに回すかぁ。
あ、ごはんに卵かけて、ごま油垂らそうかしら。いっぺんやってみたかったんだ、あれ。
こんもりごはんと湯気の中に、ぷるっとした卵を落として、香りのたつごま油をたらっとかける。
ちょっとかき混ぜてから何口か食べて、醤油をかけてまた楽しむ。

考えてみれば、こういうごはんの楽しみ方も2000年前から変わってないんだよね。
すごいよなぁ、やっぱり。
posted by きのした@なぎさ at 18:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月13日

日本人は目に見えないものにお金を払いたがらない。

とんねるずに高額ギャラを払うTV局の不思議な感覚(Mixiより)
●ピンで400万円、コンビで800万円の法外
 テレビ界が混乱している中で、ギョッとする金額である。流出しているお笑い芸人のギャラの相場リストで、「とんねるず」が破格の金額でナンバーワンなのだ。石橋貴明(47)、木梨憲武(46)がともにピンでのギャラは1時間400万円、コンビとなると、800万円という超高額だ。
 ビートたけし、明石家さんま、島田紳助などの大御所クラスは500万円だが、存在感は別格だし、出演もピンだから単価止まり。だが、とんねるずは2人ならそれを大きく上回り、常識とかけ離れている。
 現在、石橋は「うたばん」(TBS)、木梨は「未来創造堂」(日本テレビ)のレギュラーを持ち、コンビでは「とんねるずのみなさんのおかげでした」(フジテレビ)に出演している。これだけで年間数億円の荒稼ぎだからため息しか出ない。
「正直、高すぎます。とんねるずはいつの間にかたけし、さんま、タモリといった大御所に次ぐ大物芸人みたいな顔をしていますが、とんでもありません。これといった芸もないし、番組の仕切りが抜群にうまいわけでもない。かつてのブームに乗って、なんとなく生き残っているだけ。ちっとも面白いとは思わない。番組内容はワンパターンだし、コンスタントに高視聴率が取れるわけでもない。今の高額ギャラでは、いずれテレビ局も使わなくなるでしょうね」(放送評論家の松尾羊一氏)
 そんな法外なギャラを払う方もどうかしていないか。ギリギリの経費節減策が断行され、制作会社は青息吐息。それなのにタレントには1時間番組で800万円もギャラが支払われている。
●両夫人が稼ぐのに
 石橋の妻・鈴木保奈美は芸能界復帰を発表、木梨の妻・安田成美もCMなどに出演して本格的に活動を再開中で、どちらも生活には困らない。
 そんなコンビのためにテレビ局はいつまで浮世離れしたギャラを払い続けるのだろうか。
(日刊ゲンダイ2008年12月10日掲載)



トークやボキャブラリーは間違いなくその専門家さんとやらより優れていると思うんだけどなぁ。400万は確かに高いかもしれないが、良い実力者を呼ぶにはいい額ではないでしょうか。

実力のあるなしは論議しようにも人によって感じ方が違いますが、少なくともテレビに出て数字取れる人間であり、スタッフが一緒に仕事したいと思う人材なら、大枚はたいてでも……というのは理解できる範疇かと。

若手に回そうにも、ゴールデンタイムに持ってこられるほどの実力があるタレントって少ないですし。仕切りができて時間がとれて人柄がそれなりに良くて数字が取れて……結構難しいですよ、この条件クリアするの。


ところで、お金稼いでる人を叩いてくるのはこの手の週刊誌の人たちですけど、そういう大手週刊誌の記者さんってどのくらい給料もらってるんだろうか。こんな人に聞いたら誰でも書けるレベルの記事で稼いでいたら、それこそ給料泥棒だと思うんですが。ああ、これも感じ方の違いか。


それに関連して、もう1つ。マイミクのみおさんの記事で知ったのですが。

野良猫に餌やりでトラブル 訴えられた将棋・加藤元名人の「言い分」 (MSN産経ニュース)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/081211/trl0812111202005-n1.htm

まあ、事の次第は裁判で明らかになるでしょう。個人的にはそこまできちんとしてたなら、おそらく物事に過剰反応しすぎる住民が起こした阿呆な訴訟だと思うのですが。それよりもこの部分。

(ここから抜粋)

−−かつて、タイトル戦で「音がうるさい」と旅館の滝を止めた元名人が、猫の騒音で訴えられた

 「人の感じ方は人それぞれだが、他人に対する攻撃は針小棒大になるのが世の常」
(ここまで抜粋)

なんというか、この記者さんは何が聞きたいのか。
昔こんなことがあって「俺これ知ってるぞ!」と言いたいのか、他に書くことなかったのか。文字数の無駄。
この程度の記事しか書けない人が堂々と大手出版社にいて、堂々と阿呆な記事を書いている。

なにより、そんな記事をありがたがって読んでいる一般人が多いことが悲しいのわけで。
posted by きのした@なぎさ at 16:33| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月08日

人として軸がぶれている。

「ぶら下がり」答えない方がいい…首相イライラ?
(読売新聞 - 12月05日 22:30)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20081205-OYT1T00748.htm

何がイラっときたかといえば、この最後のまとめ。

>国会でのメディア批判は、相次ぐ発言のぶれが報道され、内閣支持率が低迷していることへのいら立ちの表れと見られる。

「漢字が読めない」「マンガ読みすぎ」とかその程度の揚げ足取りをして、まともな内容報道しないからと批判したら「わー、怒ってるー」って逆なでするこの神経。新聞取るのやめようかしらと本気で検討したぞ。内閣支持率低下って、そりゃマスコミがあれだけネガキャン繰り広げればそうなるだろうさ。

ゼロから説明するのはそりゃしんどいでしょう、一国家の長ですから。それをうまくまとめてきちんと報道して、国民に伝えるのが「マスコミ」であり、だからこそマスコミは政治家に近づくことができると言うのに、最近勘違いしていないか。

え?ああいう公式の場で説明しないでいつ説明するのかって?

……それこそニュース見て、国会演説聴いてたらわかると思うんだけどなぁ。ぶら下がりだけで判断させろってのは、国民であることにあぐらをかいた横暴だと思います。彼らの発言はいついかなる時も「公」の発言になるわけですから。

なんかもう、久々にイラっときたので書きとめました。若干乱文で申し訳ないです。
posted by きのした@なぎさ at 14:38| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月02日

被害者は誰だろう?

こんにゃくゼリー、消費者団体が「販売見送り」求める声明
(読売新聞 - 12月01日 19:18)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081201-OYT1T00646.htm


どれだけきちんと書いてあっても、消費者が意識を高めない限り事故はなくならない。互いの連携あっての安心・安全だと思うのですが、どうやら昨今の「消費者様」は責任をすべて企業になげうったようです。

企業が信頼できないなら、いっさい物を買わないでほしい。
厚顔無恥とは、このことと思うのですが。

……とはいえ、あの「毒入り餃子」と同列でこの問題を語るような「消費者団体」のようなので、厚顔無恥というより荒唐無稽といった感じですが。「一般市民の代表」を語る人間に、ろくなのがいた試しがない。


しかしまあ、こういうので訴訟が増えたら、ますます日本は欧米化していく一方ですね。

「まさに、グローバリゼーショーン!」
「欧米かっ!」


……失礼しました(笑)
posted by きのした@なぎさ at 16:43| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月29日

世界中で誰がなんと言おうと、絶対間違っている。

児童ポルノ規制、日本への圧力強まるか…世界会議閉幕(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081129-OYT1T00433.htm


前から言っていたことを、まだ言わなきゃいけない。

児童ポルノによる搾取は反対。
でも、過激な漫画やアニメを含めた単純所持規制は、反対。

包丁持った人間は全員人を殺すのか。
ゲームで戦争するのが好きなら、戦争をするのか。



アダルト画像を持っているだけで逮捕されるなら、喜んで逮捕されてやる。
posted by きのした@なぎさ at 19:30| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月27日

いちいち言うのもなんですが。

「ポルノ漫画も規制を」児童性的搾取会議で日本批判
(読売新聞 - 11月27日 13:08)
http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20081127-OYT1T00378.htm


イギリスと日本は別の国なので、同じ感覚を持っていると思われても困ります。

規制に対して反対しているわけではないですが、アニメやゲームがどの程度の影響を与えているのかきちんとした調査をした上でものを言って欲しいなとってまた同じこと言わなきゃいけないのか私は(笑)
posted by きのした@なぎさ at 22:46| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月19日

まだ、諦めない。

国籍法改正案が衆院で可決、自民一部議員が採決前に退席
(読売新聞 - 11月18日 19:43)
http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20081118-OYT1T00543.htm?from=navr


この国に絶望している暇はない。


改正すること自体に反対ではないが、こんな穴だらけの法案を見過ごしていいわけがない。


私に今できることは、多くの人に知らせることだ。


そして、あなたも。
posted by きのした@なぎさ at 03:48| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月17日

世界一教えたい授業 「1時限目 社会」

【1時限目 社会 social】
≪きのした@なぎさ先生が教える 国籍法改正案の恐怖!≫

♪き〜んこ〜んか〜んこ〜ん(階段を下りてくる@)
<束京大学社会学 きのした@なぎさ教授>

▼・ω・▼ おまっとさんでした! よろしくお願いします!!

(@〜@)よろしくお願いします。

▼・ω・▼ まずは先生、「国籍法を改正する」というのを簡単に説明していただきたいのですが、
一体どういった内容なんでしょうか。

(@〜@)はい、まずこの国籍法改正ですが、
今年6月の最高裁で「現在の国籍法3条1項が憲法14条の法の下の平等に反する」として違憲判決を下した、ということからスタートしています。
この案件で決議された内容というのは、

「日本人の父と外国人の母との間に出まれた子供に、父から認知されて、
なおかつこの両親が結婚したことで嫡出子ということになった時だけ日本国籍が取れるようになっているが、
それは国籍の取得に関する区別を生じさせているので違憲である」

ということなんです。

これをもっとかみ砕きますと、
外国人の母から生まれた子供は、

1・父親からの認知
2・両親が結婚している

この2つが日本国籍を取得する条件になっているんですね。
ところが、これが違憲であると、結婚までしている必要はないということになったんですね。
外国籍で日本に暮らす方はたくさんいらっしゃいますので、これによって生まれるメリットはあると思います。

▼・ω・▼ なるほど、確かに最近は日本が大好きな外国の方も沢山いらっしゃいますしね。

▼・ω・▼ これだけ聞くと非常に日本も国際的になったような気がして、悪いとは思えないんですが、何が問題なのでしょう?

(@〜@)ええ、まず今回の改正案では
「結婚をしていなくても日本人男性に認知してもらえれば、日本国籍を与えることができる」
となりました。
つまり、たとえその外国人妻が本当にその日本人男性との間に子供をもうけていなくても、です。
これによって「誰でも日本人になることができる」ようになりました。

ヽ(`ε´) えっ!誰でもってどういう事ですか!!

(@〜@)はい、まずある外国人女性が自分の子供を「日本人男性によって認知してもらおう」と考えたとします。
この日本人男性というのは誰でもいいわけですから、闇金融などでお金に困っている人や、あるいは言い方は悪いですがホームレスの方が利用される場合もあり得るわけです。
これでこの子供は日本国籍を取得することができました。

日本には「在留特別許可」というものがあります。
これは「日本国籍を持つ子の親であれば、元は不法入国であっても特別に日本に在留することができる」というものです。
したがって、母親が本来は不法滞在の外国人であったとしても、この制度を利用することで日本に滞在することができます。
さらに長期間日本に滞在すれば法律上日本国籍を取得することができますので、この外国人女性は日本国籍を取得することができます。
さらに、この本来は外国人である母親が同様に外国人の男性と結婚した場合、
先ほどの「在留特別許可」を利用、さらに長期滞在により日本国籍を取得できます。
つまり、これで2人の外国人が比較的簡単に日本人になることができました。
これにより「参政権の獲得」「生活保障の申請権」「福祉サービスの受給」が可能になります。

(゜_゜) えっ!「参政権」に「生活保障」、「福祉サービス」って!?もとは日本人じゃないのに!?

(@〜@)はい。

(・▽・) 正等な理由で日本国籍を取得するならともかく、それっておかしいんじゃないの!

(@〜@)今国会で提出されている法案は今ご説明したことが『問題ないですよ』と認められる「正当な理由」になりうる法案なのです。
そしてこの法案は、先日の最高裁判決を盾に成立しようとしています。

ヽ(`ε´) エエッ!そんなバカな!!

(´ω`) でも、そういう判定って例えば病院とかできちんと本当の親子かどうか検査して決めるんですよね?

(@〜@)今回の改正案ではDNA鑑定などの科学的根拠が不要とされていますので、病院などでの検査はありません。
「自己申告である認知」と「聞き取り調査」のみなので、おそらくそれが虚偽であるということを見抜く確実な方法は無いと言っていいでしょう。
また罰則が二十万円以下の罰金、または1年以下の懲役と他の法律に比べて緩やかであり、抑止効果は薄いと思われます。
公正証書原本等不実記載などの他の法律との兼ね合いによってこれより重くすることはできますが、果たしてそこまでの抑止効果があるかは甚だ疑問です。

日本の法律では子供の定義が『父又は母が認知した子で二十歳未満であること』なので、出生後に認知された「子供」にも国籍を付与されます。
つまり、満19歳の大きな「子供」でも認知されて、国籍取得が可能なんですね。
母親さえいればどんな人であっても、日本国籍を取得することができるんです。
さらにいえば、母親でさえうまく偽装することができれば、DNA鑑定もないわけですから、あっという間に日本人になれます。

ヽ(`ε´) そんなのほぼ無条件で日本人を大量に生み出しちゃうじゃないですか!!

(´ω`) 世の中にはいい外国人も居れば、そうじゃない外国の方も居ますよね・・・

(@〜@)残念ながらそうですね。私の周囲にいる外国の方は本当にいい方ばかりなんですけども、
一方で不法就労や密輸などに加担している方もいらっしゃる。国際的に見ても決して無視できないレベルです。
あまりこうした場でお話しすることではないかもしれませんが、それこそ人身売買や児童買春などに使われる可能性もあるわけです。
日本は実はこうした人身売買について多くの国から通過国、あるいは目的国とされている面があります。これに拍車がかかる可能性は否定できません。

先ほどもお話に出ましたが、皆さんが真面目に納めてきた税金や年金を、こうした本来与えてはいけない人たちに与えられることすら懸念されます。
また、適切でない方法で国籍を取得した人たちが、治安の悪化や国防すらを脅かす危険性もあります。
参政権を与えるのですから、最悪の場合日本人ではなく、外国の人間によって国政が動かされる可能性もあります。

このような表現をとると外国人差別をしているかのようですが、私にそのつもりは全くありません。
日本を愛してくれる外国の方も多いです。そうした方々にはもっと日本を知ってほしいですし、日本に親しんでほしい。
ですが、今回の件は日本の国益そのものにかかわる重大なことなのです。

日本という国を動かすにあたって、他の国の意思が安易に紛れ込むようなことはあってはならないのです。
それは、他の国のために日本が存在してしまいます。
日本の国益を守るために、ひいては皆さん自身の生活を守るために、今回の国籍法改正案は決して通してはいけないのです。


参考資料:国籍法改正案まとめWIKI
http://www19.atwiki.jp/kokuseki/
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(以下は改正案反対派である衆議院議員・赤池まさあき氏のブログより抜粋)

11月14日
なお、たった今、大変な情報が入りました。
来週18日(火)午前中に法務委員会にて国籍法改正に関する審議が3時間なされ、その後、採決。その日の午後に本会議へ緊急上程とのこと。



早急に国籍法改正反対派の議員で慎重審議を求める署名を集め、今日中に国会対策委員長へ申入れをします!
18日は、同志である衆議院議員 稲田朋美先生が質問に立ちます。
どうか皆様方からもサポートをよろしくお願いいたします!!!


http://akaikemasaaki.spaces.live.com/blog/cns!27D9834FB685DFCD!1184.entry
(衆議院議員・赤池まさあき氏のブログ)
―――――――――――――――――――――――――――――――――――


私たちにできることは多くないかもしれません。
でも少なくとも、周囲の人に知らせることはできます。
どうか、一人でも多くの人に、このことを伝えてください。

おたくな常識陣
でんきねずみ・きのした@なぎさ

※上記の解説文はわかりやすく噛み砕いているので、本来の内容とは少し異なる部分があります。
抜粋部分以外はコピー&ペーストは自由です。
posted by きのした@なぎさ at 02:14| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月16日

間違っているものは、間違っている。

国籍法改正案まとめWIKI
http://www19.atwiki.jp/kokuseki/

日本侵略って、空想世界の話じゃあないらしい。


【あなたはこの国籍法改正案を知っていますか?】
http://jp.youtube.com/watch?v=gzJGyGXgj2Y
※最初は無音、音声あり注意。
※内容に不備あり。簡単に流れを確認する程度でお願いします。
posted by きのした@なぎさ at 20:54| 東京 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月05日

論点を分けて考える問題の例解。

前記事の回答にあたります。したがって、前の記事をお読みいただくことをお勧めいたします。

これはあくまで私個人の解答なので、絶対ではありません。論点を分けるということの練習にしていただければ幸いです。


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

まず、今回の問題はおおまかに3つの論点に分けることができる。
1つ目は「空幕長として表明してよい意見であったか」ということ。
2つ目は「日本は侵略国家であったか」ということ。
3つ目は「この懸賞論文に応募してもよかったのか」ということ。

2つ目に関しては歴史認識の問題も絡み合い、今この場で安易に正解の出せるものではない。また、話題を取り上げたマスコミのみならず、研究家の間でさえ明確な回答が未だに分裂している以上「あった・なかった」の論議を今回の一件に含めるのは難しい。よって、この論点については問題とし辛く、問題とすべきではないと考えられる。

3つ目は公人・私人としての立場からいって「ある程度高額賞金のかかった懸賞に応募してもよいのか、そして賞金を得てもよいのか」というところが問題になる(その意見が正しいかどうかは1つ目と2つ目に含まれるのでこの論点には含まない)。
詳細は調べきれなかったが、朝日新聞によれば「自衛隊員が職務に関する論文発表や講演をする場合、事前に上司に書面で知らせておく必要がある」という。今回は官房長のみに、しかも口頭で伝えていたのみであったということから、問題ではあろう。しかしこれ以上の内容は自衛隊における規定で処分される内容であり、応募における諸影響を政府がどれだけ管理できるのかという問題に帰結できる。したがって問題は問題ではあるが、さして重要とまでは言えない。

となると、もっとも重要な論点は「空幕長として表明してよい意見であったか」ということに絞られる。
正しいかどうかではなく「現状の国家情勢においてこの意見を出すことがどう影響するか」を考慮すれば、安易に提示していいとは考えづらい。現に(マスコミの過熱報道のあるなしはともかく)中・韓の反応はあまり良いものではなかった。幸い国際協調をアピールしている中での出来事だったためにそこまでの大事にはならなかったが、時期が時期ならそれこそ拉致問題などにも影響しかねない内容ではあった。
個人的な是非はともかく、空幕長という立場にいる人間が意見するにはあまりにも影響の大きすぎる問題である。どれだけ本音を持っていても「あえて発言しない」という選択を選べなかったことは、大いなる失点であろう。

以上の点から、今回最も重要視されるべき問題は「空幕長として表明してよい意見であったか」ということであるといえる。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

以上が私の考えです。疑問・質問受け付けておりますので、お暇な方はどんどんおかしなところを追求してください。私が泣かない程度に。
皆さんのご意見ありましたら、こっそりメッセージでもオープンにコメントでもお気軽にどうぞ。
posted by きのした@なぎさ at 17:35| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

論点を分けて考える練習問題。

防衛相、田母神空幕長を更迭=論文で「侵略国家はぬれぎぬ」−日中戦争正当化
http://www.jiji.com/jc/zc?key=%b6%f5%cb%eb%c4%b9&k=200810/2008103101199

さて、問題です。
今話題となっているこの「濡れ衣」発言において、いったい何が最も問題視されるべきなのでしょうか?

ヒントは
・「問題視されるべきである・ない」の二分論ではない
・個人の感情論は避けて考える

以上2点です。正解はありませんので、後ほど私的な見解を載せようと思います。


……問題としては簡単かなぁ。
posted by きのした@なぎさ at 16:44| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月21日

妄想力って誰が考え出したんだろう。

mixiで前の記事へのコメント返しが長くなったので記事にします。ちょうど書きたかった内容なので。ですので、前の記事を見てからお読みください。mixiのコメントを読まなくてもわかりますので、記事だけで大丈夫です。


一番言いたかったのは、これは「思想統制」じゃないのかと思うわけです。

児童ポルノの規制は私も当然だと思いますし、幼い子供たちを守らなければならない点は言うまでもないです。昨今のゲームが過激すぎるのではないか?という点も一理あると思うし、考察されるべきだとは思います。その過激さに妙に反応するバカもいる世の中ですから。

ただ、それらの所持や行き過ぎた規制は「そんな考えを持つことすらやめろ」ってことだと思いますが、無理でしょう、それは。
どんなに法的、倫理的にダメだとされる考えだって持っているのが人間であり、だからこそこの世に争いはなくならぬってのは語るまでもないわけで。もちろんそれをなくさなければならないことは当たり前。「殺してやりたい」「犯してやりたい」なんてことが世に認められるわけはない。そんな考えで成り立つほど今の人間社会は北斗の拳の世界とは化してはおるまい(笑)

それを踏まえても、そんな考えを持ってしまうのが人間じゃないのだろうか。弱いといわれようとも、そんな妄想力を抱けるからこそ人は空を飛べたと私は思っているわけだ。また、弱い人間が何とかやってこれたのはこの妄想力があるからこそ。無理やりだけども、そういった想いこそが人間の「強さ」だとさえ思います。

振り返って、今回の法案。何が目的なのかねと。
「悪は隠す」の一辺倒で何とかならない世の中じゃあないと思います。「悪のような考えも持つ」のが人間であり、それをバランスよく抑えるのが現代人。ストレスフルな世の中で、妄想はたくましく発達していく。
そんな中、いわゆる「エロゲー」はそこまで悪か?と言いたい。

春画を喩えに出すほど愚かではないですが、少なくともアングラなものであるがゆえに黙認(というよりは無視)されてきて、典型的論理ではありますが「欲望の抑制」にいいタガをかけてきたのが、こうしたものではなかったのかなと。もちろん実行に移すバカのことを考えれば養護ばかりはしてられないですけどね。

世の中まだ信用できる面はあるし、そうした信用を作り上げていくのがこの国に必要なことでしょう。こうした「道具」を危険視しすぎるのは、言ってみれば「包丁持ったら危ない人」って論理すらまかり通るんではなかろうかと。かっ飛びすぎと言われるでしょうが、戦時の国家総動員法を考えればあながち「妄想」でもあるまいと思うわけです。

もちろん「アニヲタ乙ww」となることを承知で言いますけども、そんな表現すら規制されかねない世の中で、この傾向は右傾化よりもよっぽど私にとっては、怖いことです。戦う前に消されるわけですから。


「エロゲー」ひとつに過剰反応しなければならない。こんな世界に誰がした。
posted by きのした@なぎさ at 20:33| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

さらに残念な人が現れた。

「エロゲーは危険な社会を作り出す凶器」――規制を求める請願、衆議院に(ITmedia NEWS)
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0810/20/news067.html

もうこの手の考え方をする人は、包丁からダーツから砲丸から何から危険なものは全て規制する法案とか提出して、どんどん痛い目を見てほしいと思う。

自分の意見が正しいから一般世論が動いていないと思ったら大間違いだ。興味がないから、なんとなくスルーしているだけ。いずれ自分たちの不利益になるかもしれないんだけどなぁと、あっとくんはしみじみ思います。
posted by きのした@なぎさ at 17:26| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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