2006年03月17日

「解放の方法」

「ここは、どこ……?」とそいつはつぶやいた。分厚い壁らしきものをごんごんとたたく。
「たまごの中さ。」と黒い服を着たやつは言った。
「たまご?あのにわとりとかの?」とそいつはいぶかしげにそいつを見た。
「ああ、ごめんごめん。たまごっていうのはたとえ。」と黒服は笑いながらいった。
「つまり……どういうこと?」とそいつは尋ねた。
「ここは、何か大事なものを見つけるための場所。」黒服は随分さっぱりした顔で言った。
「大事なもの?お金とか宝石とか……そういうのじゃないんでしょ?」そいつは自己完結させてみた。
「察しがいい。つまりここはどこかを病んだやつが来る深層心理の奥の置く、いわば精神病院。」と、黒服はウインクした。
「ものは言い様だね……で、どうすればここから出られるの?」そいつは尋ねた。率直である。
「わざわざ聞くまでもないさ。もうわかっているだろう?私とあなたは、」
「一人の人間。つまりここであなたと話しながら心に納得をさせないとならないのね。面倒だなぁ。」黒服の言葉をさえぎってそいつは言う。やはり察しがいいのか、心の中の会話だからか。




「さて、どんな話をする?」黒服はどこからともなく取り出した椅子に座った。
「そうだね……やっぱりこういうのは、生きる死ぬについてじゃないかな?」とそいつも座った。さすが心の中、勝手に椅子が出てくる。
「生きるってどういうこと?」黒服がいう。やはりこいつもストレートである。
「うーん……辛いことも楽しいこともある……」実にわかりやすい回答を述べる。
「それは生きている間に起きることだろう?それを全部ひっくるめて、どういうことさ。」黒服も突っ込む。深すぎやしないか、という懸念はない。
「わからないよ。難しすぎるというか、それを探しているわけだし。」そいつはもっともなことを言って体を伸ばす。それでは答えは出ない。
「じゃあ質問を変えよう。死ぬってどういうこと?」黒服は的確な質問を出す。こういうことをしてくれる人はなかなかいない。心の中なのだから、そいつが求めているものなのだろうともいえる。
「死ぬ……怖いこと、かな。」子供っぽいが、真実をついた答えをそいつは言う。
「そう、怖いことだ。でも避けられない。そうだろう?」黒服が真実を突きつける。そこまですることはないというところまで。
「避けられない……うん、そうだね。」意に反してそいつは肯定する。
「で、生きている間も避けられないものはどんどんやってくる。」黒服が話を生きることとまとめ始めた。
「う〜ん……それも当たり前のこと。」
「そのとおり。たとえば、恋愛。」ありきたりな内容である。
「面倒だよねぇ……好きになると、どうしても相手と合わせちゃうし。たとえば……」恋愛体験談を話し出すそいつ。こういう話は面倒と相場が決まっている。
「その辺の話は私も知っているからな。何しろ私とあなたは……」
「一人の人間。そうだったね。」黒服の察知に乗せられるそいつ。自分の中と会話することすら面倒である。そう、自分でさえまとめられないのだ。ほかの人間と付き合うことなんか、余計に面倒なのだ。




「ほかの話をしようか?あなたから話題を出してくれていい。」黒服がそいつに求める。何か面倒でない話題がいい。
「うーん……勉強、友達、親、テレビ、サッカー……。」どれもこれも、話し込めば面倒そうである。面倒でないものはないのか。
「それじゃあ、話し込んでも難しくならないものはある?」黒服は言う。
「…………ないよ、そんなの。」そいつは言う。もっと考えれば、出て
「そう、ない。私とあなたは一人の人間。心の奥底で話している私たちにはわかっている。どんなことだって、複雑にならないものなんてないと。」黒服の言葉に私ははっとする。そう、ここは心の奥底。ここになければ、どこにもない。少なくとも、私の世界には。この世界は実に面倒だ。
「でも、面倒だからこそ、大事なものはその奥にある。」そう、大事なものはそこにある。面倒なことを避けていたら、大事なものにはたどり着けない。さっき面倒に感じた恋愛話。面倒だった。それでも、彼女の笑顔に喜びを感じた。親と一緒に重たい話をするのは辛い。でも、一緒にいられるからうれしかった。この世界に、完全に面倒でないものなどないのだ。そして、面倒だからこそこの世界には、生きる意味がある。






「それに気付いたみたいだね。」黒服とそいつは私を見ている。何のことはない。私がたまごの中を見られたのは、私がたまごの中にいたからだ。私こそが、このたまごにやってきた患者なのだ。
「そして、私もあなたも、」一人の人間。そうだったのか。なら、あとにやるべきことはひとつ。たまごを割るだけだ。
「たまごの向こうは面倒だよ?」それでもいい。だって、だからこそ生きるのだから。
「じゃあ、いくよ。」二人が私と同化するのがわかる。暖かく、心地良い。





そして、私は、たまごを割った。






そして、私は、今を生きる。
posted by きのした@なぎさ at 02:18| Comment(2) | TrackBack(0) | 小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ああ、これいいネ(^^)
私好みです♪

ところで今更ですが、なぎさ君のブログ、リンクさせていただきました♪
Posted by 夏姫ちゃん♪ at 2006年03月20日 15:37
>夏姫さん
うわ、返信遅れてすみません^^;
ありがとうございます。そういっていただけると書いた甲斐があります。

リンクありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね。
Posted by きのした@なぎさ at 2006年04月01日 03:26
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