2010年04月21日

続きはWebで、の続き。

年を重ねるにつれて、分かることが増えていく。

大人になってもダメな人はダメだし、
淋しがりはそのままだし、つまらないことに怒ってしまうし。
そんな自分を受け止めて前へ進もうとするのが大人なんだろう。

そして、

他の人のそんなところを受け入れてあげられるのは、
おとなと言うか、かっこいいと思う。

相手の依存したところと言うのは、うざったらしいし、嫌な気持ちになるかもしれない。

でも、それを正してあげられるのは、実は頼られている当人にしかできない。

なぜなら、相手は間違いなく自分を見ているから。

じゃあ、それを指摘するのがおとななのか?

それが必要な時もあるとは思う。
でも、世の中いつもそうとは限らない。
時として、直接は言わない方法を取ることが必要な場合もある。
時として、きちんと相手に言わないとわからないこともある。

その判断をするために必要なことは、そんな相手を受け入れてみること。
自分にもそんな部分があるんだとわかっている人は、それができる。

まあ、いつも出来るとは限らないけど。

私は、いつも出来るわけではない。
でも、それが出来た時は、なんとなく、気持ちがいい。

優しくするだけでなく、厳しくするだけでなく。
相手を受け入れ、何がいいのかを考えること。
それが、人と人とのつながりを育てる。

と、信じてる。

自分を受け入れることすらままならない自分だけど、
せめて、ほんの少しだけでも、
誰かを受け入れられる、そんな自分でありたいと思う。
posted by きのした@なぎさ at 00:09| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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