2009年05月29日

人に伝える。人と繋がる。

ほぼ日刊イトイ新聞「おとなの小論文教室。」
Lesson445 書く歓び
http://www.1101.com/essay/2009-05-27.html

久しぶりに、心の底から沁み入る文章だったので、ご紹介したい。

以前から大好きな書き手として、何度かお話ししている山田ズーニーさん。心の底から伝わる、伝える、そして理解される文章を書くことについて教えてくださる方。

そして、今回のテーマは「書く歓び」。
喜びではない。歓びである。

誰かに分かってもらう。ただこれだけのことを、なぜ人は求めるのだろうか。
ただ自らだけが楽しいことを、それだけで満足できないのはなぜか。

こんな話を聞いたことがある。

「ミラーニューロン」というものを、ご存じだろうか。

生まれてからおよそ1年の間にだけ、急速に育つニューロン。
誰かが痛みを感じ、誰かが喜び、そういったものを、真似するニューロン。このニューロンがしっかり育った子供は、感受性豊かな子供になるという。

どうやって育てるのか。

難しいことはない。
子供に向かって、にっこり微笑んであげる。
ゆっくりと抱きしめてあげる。
五感を揺さぶって、しっかりと向き合ってあげる。これだけのこと。

今の時代、このニューロンが育っていないから、まともなコミュニケーションが取れず、会話することも、相手の言いたい事も読み取ることもできないのかもしれない。

周りの人から、家族から、愛を注がれたなら。
ただただ普通に生きてきた人なら、何も問題はないのだろうと思う。

相手の心を汲み取り、人とかかわる。


ならば。


自分のことは、本当に分かってもらえているのだろうか?

意識することなくコミュニケートをする中で、相手のことを考えて、自分のことを考えて。

本当に、自分はわかってもらえているのか。
相手のミラーニューロンは、光っているのか。
相手は、私のことを考えているのか。

私は、必要なのか。

いい加減で乱雑なコミュニケーションや、自分の伝えた言葉を無視した一方的な理解の中で、常に苦しみ続け、でもそれは表面化されない。ただただ、心は「理解されない」ということが理解できないことに揺り動かされ続ける。


そんな時に。たった一人でも。


心からの理解を得ることができた時に、人はどれだけの歓びを得られるのだろうか。

分かったつもりの言葉ではなく、伝えていない言葉をも汲み取ってくれる、そんな理解を。

私は、理解できているのだろうか。
私は、理解されているのだろうか。

言葉に生きる中で、言葉に殺されそうになりながら、それでも言葉と生きていくことを選んだ私にできること。

決して言葉を軽んじるまい。
一つ一つの言葉を丁寧に考え、理解しようと努力し、たとえできなくても。

私は、言葉と生きよう。
私は、誰かを理解しようと、努めつづけよう。


信じることにつかれても、信じ続けよう。

言葉が人を、救うことを。
言葉が私を、救うことを。
posted by きのした@なぎさ at 03:44| 東京 ☔| Comment(0) | TrackBack(1) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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