2009年01月19日

日本人という枠組み。

専門学校しか出てない人間なので、学の浅さは勘弁していただける方のみお読みください。
あ、あと固い話は絶対お断りという方も、読まないほうが精神衛生上いいかもしれないです。
歴史関係に強い人も読まないでください。私の個人的な考えをまとめただけなので。

あくまで、知的好奇心をくすぐってみる、という試みにお付き合いいただければ幸いです。


まったく脈絡はないのですが、日本人という枠組みは改めてすごいんだなぁと。
2000年以上にわたって同一民族がず〜っと同じ国で暮らし続けているって言うのは、
意外と世界的には少ないらしいのです。
だいたいがいわゆる「列強における植民地ブーム」のために一度はいなくなっちゃったり、別の人が住んじゃったり。

お隣の中国は「4000年の歴史」とよく言われますが、土着の文化云々はともかく人種的にはそうでないみたいなんです。
漢民族だのモンゴル人だの満州民族だの、お互いに長いこと奪い合って最終的に今漢の人たちが多数派を占めて成り立っている。
わかりやすく言えば、日本は国内の戦争だのなんだのもあったけども、結局日本人ということに変わりはない。
アイヌの方々とか琉球王国はどうする、というところはあるんですけども。
ただ、そういう人たちって普通は臥薪嘗胆ではないですけども、反発して戦争起こしたり独立しようとしたりするらしいんです。
ヨーロッパの歴史を紐解くまでもなく、いまだに独立だの国家の威信だので戦争は起きているわけですから。
そう考えると、不思議なものでアイヌの方々や琉球の方々は、文化や歴史を残そうという動きはあっても、独立だ!とはならない。
元々が日本人的な感覚である「終わったら水に流す」という心が、残っちゃったのかもしれません。良いか悪いかはともかく。

分かりやすい喩えで言えば、一件のお家がありましたと。
そこには「日本」という名字の人が住んでいて、仲たがいなんかもしつつ親戚の人も来つつ、
自分の家族や親戚の中で家主を変えて、うまいこと2000年ほど住んでいましたよと。

はてさて世界を見てみれば、たとえば「中国」という名字のお宅はまったく別のところからやってきた人が、
「ここは俺の家だ!」と「中国」を名乗ってしまった。
別のところからやってきた人は、勝ったら元の家にいた人は出て行け!というタイプだったので、また別の人が家主になる。
そんなことを繰り返していくと、家とか家具とかはそのままだけど、元の家族とはちょっと違う人が住んでいる。

どうも、世界的にはこういう国が少なくないらしいのです。
ここ100年くらいで見れば日本みたいな国のほうが多いとは思うのですが、2000年という単位でみるとそうでないらしい。

2000年って一言で言えますけど、すごいことだと思うのです。
うるう年を考えないで計算すれば、およそ73万日。1週間を10万回と5千回くらい。果てしない物語です。
1週間をやりくりすることすら難しいのに、それをず〜っと、10万回と5千回くらい。それより長い間繰り返してきて。
それでいてずっと「日本人」でいたんです。他の人たちはどうも「○○人」で居続けられなかったことも多いらしいのに。

最近は国籍法改正の関係で、特に日本に思い入れがあるような「日本人」じゃない人も簡単に日本人になれそうになってしまい、なんとも不安な世の中ですが。

1週間を10万回と5千回以上繰り返してきた「日本」が、そう簡単にやられてたまるか。


そう思いながら、今晩お米をを炊きすぎたことを考えるのです。
弟がご飯食べてくるって。張り切っておかず作ろうと思ったけど、あさってに回すかぁ。
あ、ごはんに卵かけて、ごま油垂らそうかしら。いっぺんやってみたかったんだ、あれ。
こんもりごはんと湯気の中に、ぷるっとした卵を落として、香りのたつごま油をたらっとかける。
ちょっとかき混ぜてから何口か食べて、醤油をかけてまた楽しむ。

考えてみれば、こういうごはんの楽しみ方も2000年前から変わってないんだよね。
すごいよなぁ、やっぱり。
posted by きのした@なぎさ at 18:46| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思想・論争・時事問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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