2008年08月08日

今週のコラム vol.016「赤塚不二夫さん、亡くなる」

※コラムとして読む場合はそのまま、漫才のように読む場合は空白部分をドラッグしてお読みください。


今日のテーマは「赤塚不二夫さん、亡くなる」です。

今月2日、漫画家の赤塚不二夫さんが亡くなられました。
「天才バカボン」や「おそ松くん」、「ひみつのアッコちゃん」など、数々の名作で知られる赤塚先生の葬儀には、多くの参列者が駆けつけました。
葬儀委員長を務めた藤子不二夫(A)先生をはじめ、約1100人が参列し、
親交の深かった山本晋也監督は「聞いた瞬間に頭が真っ白になることがあるのだということが分かった」と涙を浮かべたそうです。
それを聞いた船場吉兆の女将は、「自分も頭が真っ白に……」

(関係ねぇだろ!)

中でも一番注目されたのはやはり、告別式でのタモリさんの弔辞。
赤塚先生と長年親交を持ち続けてきたタモリさんの、
本名である森田一義として寄せたあの言葉に、テレビではまず見ることのないあの姿に、心を打たれた方も多いのではないでしょうか。
あのとき手にしていた紙は実は白紙だったといわれており、だからこそ自らの思いを詰め込んであの場に望んだのでしょう。
この話を聞いた船場吉兆の女将は、「自分も頭が白紙に……」

(だからやめろって!)

弔辞の中でタモリさんは、赤塚先生の考えは全ての出来事をあるがまま、前向きに肯定し、受け入れることであり、
その考えを一言で言い表したものこそ「これでいいのだ」だと語っています。
「これでいいのだ」。はたして今、この言葉を心の底から言える人がどれだけいるのでしょうか。
船場吉兆の女将もかつて食べ残しを出していた時は「これでいいのだ」という……

(言ってねぇよ!)

赤塚先生のギャグは非常にハチャメチャであり、それでいて私たちの心を惹きつけてやみません。
その中には時としてブラックジョークや差別的表現も含まれており、そのどぎつさに眉をひそめる大人も多かったようです。
しかし赤塚先生は、差別を差別として使っていたのではなく、それすらも肯定していた。
「差別とは、差別と感じた時に生まれる」という言葉があります。
赤塚先生の中には差別をしようという気持ちなどなく、すべてを受け入れて「これでいいのだ」と。
言葉にとらわれない、本質的な温かさがあったからこそ、多くの人の心に残る作品であり続けたのでしょう。

(うんうん。)

酒と笑いをこよなく愛し、最期まで自らのギャグを貫き通した赤塚先生。
タモリさんも弔辞の中で、
「あなたにとって、死も一つのギャグなのかもしれません。」と語っている通り、参列者は涙を流し、時折笑っていました。
今でもきっとどこかで「これでいいのだ」と笑っているのかもしれません。
ちなみに「食べ残しでもいいのだ」といって笑えなかったのは、船場吉兆の女将でした。

(だからそれはもういいって!)

赤塚先生のご冥福をお祈りいたします。以上です。
posted by きのした@なぎさ at 03:22| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 今週のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。