2011年12月27日

年末だし、真面目なことも書くよ。

理由になってないことはさておいて(゜▽、゜)


おとなの小論文教室。
Lesson567 ノンアルコールビール社会
http://www.1101.com/essay/2011-12-07.html
Lesson568 読者たちが見た「ノンアルコールビール社会」
http://www.1101.com/essay/2011-12-14.html

岡本太郎は忘れてけっこう。
第2回「岡本太郎を知らない太郎。」
http://www.1101.com/taro100/index.html


嫌われたり、嫌がられたり、痴れ者と罵られたり、下手くそだって思われたり。
そういう覚悟をして、それでも自分がやりたいことがやれて、伝えたい事が伝わったら、
それはきっと、意外といい人生なんだろう。

でもそれは私が選びとる人生で、他の人に勧められない。



占いをしているとき、自分に言い聞かせていることがある。

「この人の人生を決定してはいけない」ということ。

占われたい人は、迷っている。考えている。悩んでいる。
そんな中で欲しているのは、答えじゃない。

「選択権」だ。



おとなの小論文教室。
Lesson505 選択権が降りてきた
http://www.1101.com/essay/2010-09-01.html
Lesson506 選択権が降りてきた 2
http://www.1101.com/essay/2010-09-08.html



私が占いや、あるいは相談事において必ず念頭の置いていることは、
その人が何を選択したがっているのか、その人が最後に何を勝ち取りたいのか。
そのためにはいくつもの道がある。
その道を伝えるのが私の役目。
その道から選びとるのが、その人の人生。

どの道を歩いたほうが歩きやすいかを教えるのは私の役目。
その道を歩きたいかどうか決めるのが、その人の人生。

こんなことに気づけたのは、本当につい最近のことだった。


どれだけその人がどの道を歩きたがっているか想像したって、
絶対にその人になることはできない。

けれども、その人に近づくことはできる。それも、かなりきわどいところまで。
でも、それはその人になったことではない。
それを間違えると、自分と他人を区別できなくなり、自分と他人を傷つける。

だから、その人が迷っているときは、選択できるように地図を渡す。
時としてそれは、非常に厳しい言葉を与えてしまうことにもなる。
辛い現実をつきつけられて、心を折りそうになるくらいに。

でも、それでも踏ん張ってくれる人たちが、私の前にはたくさんいる。

そしてそれが、背中を押す事になる時もある。
逆に、ひとつの道を諦めることにもなる。

いずれにしても、その人は選ぶことができる。
選ぶことが出来れば、また前へ進むことができる。
結果として気持ちが楽になれば、これ以上嬉しいことはない。


友人づきあいの中で、一言が言えない瞬間がある。
これを今言っても聞いてもらえないのではないか、伝わらないのではないか。
それが溜まりに溜まった瞬間、お互いを大きく傷つけることになる。

慮ることは決して悪いことではない。
だが、その配慮は誰に対するものだろうか。

相手に対するものか?自分に対するものか?周りに対するものか?


それはただの逃げではないのか?


私は、もう逃げないと決めた。
傷ついても、繋がり続けたい人達がいる。
そして、歩き続けたい今がある。


「今はまだ無色に近い」と言われた。
自分の不出来を嘆くと同時に、安堵した。
まだまだやれることはある。まだまだ色をつけていける。
その色が嫌いだと言われても、その色が好きだといってくれる人のために。
そして、その色で描きたいキャンバスがあったりするのだ。

2012年はどんな年になるだろう。
少なくとも、今の人達と共に、今より沢山の色を着けられるようにあろう。

そうじゃなかったら、もったいない。(笑)
posted by きのした@なぎさ at 21:02| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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